2020年のふりかえり

ふりかえります。

スリーワード

2019年から1年を3ワードで総括する、というのを試みています。「3語じゃ俺の一年はおさまらねえよ!」と思うのが普通のとこだと思いますが、そこを敢えて3つにしぼることで、一年を通して何が自分にとって大きかったかを考えることにもなる、とも思います。

僕の2020年を象徴的に表すスリーワードは……

・リモートワーク・「ハイネケンとチョコレート」・Like  Paper

の三つです。詳細については後述しますが、充実したシーズンでしたね。

リモートワーク

ソフトウェアエンジニア目指すモチベがリモートで働ける人っていう人もいますが、僕自身は別にリモートワークへの憧れはあまりないタイプでした。もちろん通勤ラッシュや満員電車は嫌いですが、それさえなければ会社に通勤するというのはむしろメリットも大きいと思っています。今は通勤を楽にするために会社の近くに住んでいることもあって、「通勤」というストレスはほぼ克服できていました。

そんな中、3月から完全リモートワーク生活に突入して、結局2020年の内10ヶ月をリモートで終えることとなりました。自分の人生でこういう形の働き方が実現するとは思ってなくて、改めて振り返るとびっくりですね。人里離れた草庵で物書きでもして、季節の移ろいを感じながら生活したい憧れは昔はありましたけど、実際そういうフリーランス的な働き方のリスクというものも重々わかっており、結局は会社員として週五で通勤する生活は定年するまで続くんだろうと想像していました。

リモートワークのプラクティカルなところについては、記事をわけて書こうと思いますが、適応するのはそれなりに大変でした。インターネットではメリットばかりが強調されて、デメリットをあげようものなら「それはリモートじゃなくてもあった問題だよね?」と言われがちですが、実際デメリット結構あると思っています。

僕の場合一番問題だったのが、メンタル的な面ですね。

いくらZoomで毎日人と通話していても、フェイストゥフェイスのコミュニケーションとは違うます。なんというか、意味を伝達することはできますが、所詮は映像なので、実際に顔合わせて話すのとイコールにはなりません。これはもう頭でどうこうっていうより、人間の動物的な面なのかなと感じています。

僕自身はそんなに人とのコミュニケーションを欲しているタイプではなかったのですが、それでもリモートが数ヶ月続くと得体の知れない憂鬱感・孤独感がありました。

朝起きて家でパソコンいじって仕事して、仕事終わったら風呂入って寝て、その繰り返しで、休日も遠出することもなくまた同じ部屋。なーんも楽しいことはありません。ニュースを見るとネガティブな情報ばかりで、それもまた暗い気持ちを加速させるのに一役買った気がします。

今年は僕自身仕事が割と順調で、人間関係も悩むような要素がなかったので、大きなネガティブ要素がなかったので問題なかったですが、これがもし仕事で大失敗するとか周りの人に不幸があるとかが重なってたら、折れててもおかしくないタイミングは結構ありました。

一番キツいのはいつ収束するのか、ゴールがわからないままずるずる長期戦になっているところですね。最初から「一年頑張ろう!」みたいな感じだったらまだ心の準備もできようものなんですが、「何年で収束するか全く読めへんけど頑張ろう!」みたいな感じが相当キツかったですね。

今思い出すと、感染症の流行当初から「メインシナリオは2〜3年で収束、収束までは感染者数増加、減少を繰り返す」と有識者は主張してたような気がするので、事実その通りになっているんですが、それでも僕は心のどこかで「意外と夏になったら感染おさまるんじゃないの?」という期待が割と大きめにありました。

まあしかしそのキツさはありつつ、今まで通勤時間に費やしてた時間を全部使えるようになったとか、昼休みに昼寝入れたりとか、リモート特有の自由度の高さも享受できました。今後どうするか・どうなるかは悩むところです。とりあえず今のところは「適応できた」というのが大きいですね。

プレイヤーとしての2年目

自分は転職して何を叶えたかったのか。

給料は下がった。元々プログラミング大好きって人間でもない。世の中でGAFAを筆頭としたスーパーエンジニアの憧れからエンジニア転職がちょっとしたブームになっていた。でもその波は冷ややかに見ている。iOSエンジニアとしての役割を得たが、究極のゴールがそこにあるわけじゃない。

2019年の転職が決まっても、実のところ、僕の中でその辺りは明確になっていませんでした。けど2020年働いている中で、ふと「ああ自分はプレイヤーになりたかったんだな」と気づきました。何かを管理するのではなくて、自分の手でそれをつくる側になれればよかったんだと思います。

理想はすごいものをつくれることですが、じゃあしょぼいものをつくるか、すごいものをつくるビジネスに関わること、どちらを選びたいかというと、僕は本音の部分ではしょぼいものをつくる方を選びたいんです。しょぼくても、それがフルスイングの結果の未熟であれば、どんどん成長していって、いつかすごいものにたどり着けるし、世の中のすごいもの(と僕が思っているもの)ってだいたいそうやってできてるものだと思うんです。

「本音の部分ではしょぼいものをつくる方を選びたい」とちょっと弱い表現で書いているのは、これまでの人生で必ずしもそういう選択をしていなかったからです。けれど2019年の転職から軌道修正できて、ようやく自分の手で何かをつくれる、という状態まで持ってきました。

プレイヤーとしての楽しさだけではなくて、辛さも感じました。苦労して書いた小説が評価されないとか、書いたコードが動かなくて一日悩んでも問題が解消できないとか。結局のところは「実力」の問題です。ずっと昔からそうだったんです。一番根本的で、シンプルで、残酷で、解消が難しい問題です。「自分に実力がない」。

今やっている仕事というのは、あらゆる意味でアスリートに似ているなと感じます。「手段は何をしてもOK、細かいことはガタガタ言わない、サポートは全力でします、そのかわり結果を出してください」という感じです。過程ではなく結果で評価される、というのは僕にとって望むところですが、しかしいざやってみると、さっぱりしていて気持ちいいとは思いますが、大変さもあります。Twitterで誰かも言っていましたが、「辛いと楽しいは普通に両立する」という言葉がっぴったりな感じです。

2019, 2020年は自分にとって筋トレ期間という設定でした。この2年は、僕の人生の中で、「金も評価もいいので、とにかく不足していた実力を補うために、小説とソフトウェアに時間を全投下する」という期間でした。そして同時に、「もしこの2年で自分の成長曲線がヤバそうだったら、すっぱり見切りをつける」という時期でもありました。

前職の同期の転職先はだいたい外資コンサルで、本当に色んなことを諦めて、ザ・サラリーマンみたいなマネジメントをするというキャリアパスもあります。「見切りをつける」というのはそういう進路を模索する、という道です。

けれど、とりあえず「並のソフトウェアエンジニアとしてはやっていける」という感触は、今年一年やってみて得ることができました。また会社からも評価が上がって、給料も来年上がる見込みです。小説に関しては成果が出ていなくて、とても「やっていける」とは言えない状態なのですが、ただ自分の中で進歩している感覚はあります。

5年ぐらいのスパンで人生の転機は来ると思うんです。一般的にもそうだし、僕の人生もそんな感じで今のところ来ています。そして転機から3年ぐらいたてば相応の結果が出ます。ただ2年でだいたいの見通しはつくと思うんです。部活なら2年生終わるくらいで、自分が最後の大会でどのぐらいいけるかはうっすら見えると思うんです。レギュラーにもなれないレベルなのか、一回戦勝てるかどうかってレベルなのか、全国大会いけるかどうかぐらいなのか。残酷ですが、諦めた方がいいかは自分でもわかると思うんです。

エンジニア転職は完全に失敗してる人もネット上で結構な数見るので、そのパターンにならなかったのはよかったです。

2021年から収穫期になる、というのが理想です。この2年で得た実績で、次のチャンスを得て、それがまた実績になって、その実機でより大きいチャンスを得て……みたいなことを何回かやります。思えば今までも人生ってそんな感じでした。

昨日父親と話したら「文系でもプログラマーになれんだなあ」って言ってましたが、そういえばそうだなって思いました。「まあ頑張ったんだよ。色々」とだけ答えました。

前置き(もはやこれだけで一記事の分量だ)が長くなりましたが、以下各論です。

数字

数字だけ見ると、下記のような結果になりました。

Qiita: 27記事 Zenn: 7記事 note: 15記事 ※これは年末でもうちょっと増える(はてなブログ: 51記事) 小説: 3作品 個人開発: 1 iOSアプリ 登壇: 1件 Githubのコントリビュート数(会社): 747 contributions

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Githubのコントリビュート数(個人): 152 contributions

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小説面

3作品を書きました。特に「ハイネケンとチョコレート」という夏に書いた長編小説は、明確なストーリーのある長編をきちんと完成させられた、という点で自信になりました。ただし小説現代の賞に送ってダメで、その後カクヨムとなろうで公開しましたが、特にアクセスが多いということもありませんでした。

↑その辺の結果出なかったときの悔しさは、こちらに書きました。リングにすら上がれないでジタバタしてる自分が本当にみっともなくて、そんな苦い思いをしなくても、僕にはまともな仕事があって、なんでこんなことしてんのか時々わからなくなるんですが、それでもまだ諦められないんですよね。たぶん創作の世界でも、消費者じゃなくて、プレイヤーになりたいんだとは思います。自分の作家性みたいなものを持て余している、というのもあるかもしれません。

とにかく今わかっていることがあります。自分の頭の中にあるものを文章化しても、それは自分には文脈がわかるので読めるけれど、他人が読むと厳しい、ということ。ぼんやりわかってきました。

毎回一次で落ちている、という現実をようやく受け入れました。

エンタメ的なものと純文学的なものだったら、純文の方に寄せたいとは思っていたんですが、そもそもそこにあんまり差はなくて、読者の方を向かないとダメなんだなという風にも思います。無理にエンタメに振り切っても、特に読んでる人が喜ぶわけではない、というのも感じました。

たくさん小説がゴロゴロあって、需要は細い細い中で、自分のを読んでもらうためにはどうするか、自作の何が魅力なのかを考えるようになりました。たとえば「感動させたい」とか、「気持ちをあたたかくしたい」とか、ミステリーなら「謎解きを楽しませたい」とか、とにかくそういう読者にとっての「読む意味」を持たせないと、ネット小説としても辛いっぽいというのはわかりました。

そうじゃないと、僕個人をめちゃくちゃ好きな人しか読んでくれない作品しかできなくて、今はマジでそういう状態だと思うんですよね。芸能人がたまに小説書いてちょっと売れるのは、買う人がその人のことを好きだからで、僕はそういうことをしたいのではなくて、本当に価値のある小説を書きたいと思っています。でもそれはとても難しいというのもこの2年でよくわかってきました。

あともうもう一つわかったこととして、頭の中にあるアイディアというのはそんなに価値がなくて、実際に書かれたものにだけ価値があるということですね。これは小説もソフトウェアもそうですが。つくり手の目からすると、アイディアにこだわるよりも軽い気持ちで実際に形にして、手直ししていく方が生産的な気がします。

ソフトウェア面

こちらに関しては充実した一年だったと言っていいでしょう。

6月までにやってきたことは↑に書いています。7〜8月には会社で大きめの機能追加案件をメイン担当で完遂しました。9月にiOSDC 2020で登壇。

あと5月に個人開発したLike Paerは、出して終わりじゃなくて、継続的にアップデートかけて改善できました。特にiCloud対応できたのが大きかったと思います。それまで端末にデータ保存するだけのつくりで、書き捨てするような想定だったのですが、さすがに「iPad買い替えたらデータ全部消えちゃいます」というつくりはイマイチでしょうと思っていました。バージョン2.0.0からは「使えるツール」になったと思います。あと、OSS化したのも自分の中では大きいですね。

0si43/LikePaper

「いつか収益化……」みたいなスケベ心を完全に捨てて、ひたすらユーザーに役立つツールとしてLike Paperを提供しています。利他の心。

現在App  Storeのレビューも星4.7(127 reviews)で、DL数は1.2万まで伸びました。

評価が高いのも嬉しいですが、普通に自分で日常的に使っているアプリでもあるので、自分で自分に助けられています。

10月からはARアプリをつくるという案件が勃発して、流れでUnityをやることになりました。正直全然興味のないジャンルでしたが、やってくうちに結構楽しくなったので、よかったです。キャリア的にはどうなんでしょう? 新ジャンルになってもすぐにキャッチアップできることもわかって、地力がついているのを感じました。

深さと広さ

Unityをやって、改めて広さというものを意識するようになりました。

ひたすら1ジャンルを掘るか、色んなジャンルに広く浅く触れるかは永遠のテーマです。

僕は最低でも3年はiOSエンジニアとして専門性をつけたいと思っていますが、おそらく3年でも深さとしては足らないでしょう。個人的な感覚では、その道で「すごい人」になるには、5年は要るかなと思います。もちろん5年あれば誰でもすごくなれる訳でもないので、あくまで目安です。

僕は一社目でメインフレーム環境で5年いて、僕自身はその期間はムダだと思ってませんが、履歴書的な意味で言うと映えない5年になっており、今後のキャリアではもっと美味しい技術領域でガリガリやりたい気持ちがあり、iOSという分野を早く極めなければ、他のジャンルに目移りしている場合ではない……と思っていました。

けれどUnityやってみて、浅くてもいいから他ジャンルを試すのも大事だなと思いました。

広さと深さ、どちらをとるかに正解はないですが、僕はなるべく広く、なるべく深くして、知識の総面積が自分にとって最大になるようにしたいんですよね。

触りたいな、と思ってる技術スタックは下記です。・Flutter・React(Next.js)「いつか触りたいな」、じゃなくて、むしろ軽い気持ちでさっさと触っちゃえばいいじゃん、という気持ちも芽生えてきました。やろうと思えばできるのに、「いや今はiOSの専門性を高めたい」という言い訳でシャットアウトしてたのは反省点です。

コード書いて動かすっていうのは当たり前にできるようになりました。ただ、よりよい設計とか、よりよいテストとか、そういうところが弱いです。特に設計力ですかね。

まあでも向こう3ヶ月はARアプリの改善に集中ですかね。

四十三庵/note運営

四十三庵は閉じました。noteは桃鉄の記事だけが別格に読まれてますね。

英語

僕が直読直解で理解できる英語の限界は5語程度だということに最近気づきました。いや読む・聞くならもうちょっと長くてもイケますけど、書く・喋るとなるとだいたい5語。これを超えると文法が破綻してしまいます。

どうもこれを改善させるには、文法がどうとか発音がどうとかじゃなくて、パッと使える英語の語彙力を蓄積する必要があるっぽいんですよね。日本語でもよく「あるあるワード」みたいなものってあると思うんですよ。会社で人に物頼むときに「恐縮ですがよろしくお願いします」ってつけたり、接客するときに「いらっしゃいませ何かお探しですか?」って言ったり。

母語の場合無数の語彙が自分の中にあって、自分が表現したい内容に合わせて選んでると思うんですが、外国語の場合この選択肢が極度に少なくて、そのせいであんまり流暢にアウトプットができないんだなと思います。

一年音読継続して、伸び悩みを菅じている気もします。オンライン英会話でもやって、英語を使う機会を増やしたいなと思っています。

兵力の逐次投入をしてしまった11月の反省

今年11月にちょっと失敗しまして、そのことを特記事項的に書きます。

この記事をお読の方はわかる通り、僕の今抱えている大きなプロジェクトとして、小説執筆・会社での開発・個人開発という3つがありまして、2020年は会社のタスクの波間に小説執筆や個人開発をしていました。

上手いこと調整して、小説執筆の佳境では仕事が暇で、仕事が忙しいときは小説も個人開発もやらないみたいな感じでやってたんですが、11月に3つの分野全部でやる気を出してしまい、午前小説執筆、午後仕事or個人開発みたいな感じでやっていた時期がありました。

これやったところ、見事に進捗が最悪になりました。見事に3プロジェクトとも中途半端。やる気だけはあったので、一ヶ月終わる頃になると愕然としました。

結局僕は兵力の逐次投下という一番よくない戦略を選んでいた自分に気づきました。自分の中の優先順位は小説執筆>個人開発>会社の仕事(書いてみるとひどい社員だ)でした。けれど実際のところ会社でポロポロタスク振られるので、それをこなすことになります。

一ヶ月たった頃、本当の優先順位は、今の僕にとっては、会社の仕事>小説執筆>個人開発であると再定義しました。そこで12月は会社の仕事に全集中して、高い成果を上げることができました。

ここから得た教訓は、資源配分をミスるとどれだけ真剣に仕事に取り組んでも何の成果も得られなくなる、ということです。

本当は3プロジェクトある状態もやめて、自分にとって本当に大事な1プロジェクトだけに集中するようにしたいんですが、会社員という立場上厳しい、というのもわかりました。

リモートワークになって、働き方はかなりフリーランスみたいになったんですが、本当の意味で自分で選択できるようにはなってないなとも感じました。

今の僕にとっては、「優先順位を間違えない、会社の仕事をちゃんと潰してから個人の課題に取り組む」というのが教訓ですが、究極のところは自分の中の優先順位がそのまま客観的にもベストな優先順位になるような生き方ができると良いんですが、少なくとも今今は難しいですね。

貯金を増やしてく

貯金、というのはリアルマネーではなくて、比喩です。

たとえば体重が増えるか増えないかは、下記の式で決まります。

(摂取カロリー) - (消費カロリー) = 体に蓄積される脂肪の量

したがって、体重を減らしたければ、摂取カロリーを減らすか、消費カロリーを増やすかの二択です。

貯金も計算式は同じですね。稼いだ金額から、使った金額を引くと貯金です。ただその差分がプラス要素であれば貯金で、マイナス要素であれば負債と呼ばれます。

プラス要素とマイナス要素の差が、貯金(あるいは負債)になる、という構図は、実はほとんど全てのものがそうであるように最近は感じます。

たとえば職場での信頼なんかもよく貯金と負債にたとえられます。直接評価に結びつかない人助けをやっておくと、ちょっとずつ信頼貯金が貯まっていき、評価とはまた違う、目に見えないプラス効果が出てくるというアレです。

借金というのは、未来の自分からの前借りする行為です。今の自分は楽になりますが、将来返すときにその分苦しむことになります。逆に貯金を増やすと、未来の自分を楽にできます。「ああ、あのとき頑張っといてよかった〜」と思えるような出来事って、僕の人生にはまだそんなないですけど、逆に「あのときxxさえやっておけば……」みたいな後悔もないので、今は大きな貯金も大きな借金もない状態なんだと思います。

とりあえず2019年に転職したのはよかった、と思っています。2020年が特殊な年になったので、「あのとき動いといてよかった」というのはありますが、なんか貯金という感じではないですね。

個人開発とか登壇とかも貯金の一種だと思っています。ぶっちゃけ一番楽なのは会社の仕事だけを最低限こなす、という生活で、多くの人はそういう生活をしてると思います。ネットをやってるとソフトウェアエンジニアは勉強会参加しまくって当たり前みたいに見えましたが、実際に業界に入ってみると、そういうアクティブなエンジニアが目立つというだけで、そうでない人はたくさんいて、別にそういう人も会社の中で静かに活躍しています。

とにかく貯金を増やせるような行動をしていきたいです。

来年から

ずっと書いていることではあるんですが、電子書籍のソフトウェア開発をやりたいんですよね。

なんで電子書籍をやるというアイディアに、こんなに執着してるのか、自分でもわかりません。けどなんかずっとやりたくて。

転職、という前に、とにかくePubを処理する何らかのアプリケーションをつくってみようと思っています。それをつくる中で、自分の執着しているものが想像と違っているものかもしれませんし。

(了)