共産主義がなぜ失敗したのか
共産主義はなぜ失敗したのか。 僕が経済学部で答えを見つけようと思っていた、いくつかのテーマのなかの一つだった。 それについてまとめようと思う。
共産主義とは
冷戦は、アメリカを中心とする西側諸国、ソ連を中心とする東側で、直接戦争を伴わずに朝鮮戦争やベトナム戦争など、間接的な形で戦争を行った。 東西冷戦は、政治体制・経済体制で言うと、次のような対立構造になる。
(政治) 民主主義vs共産主義 (経済) 資本主義vs共産主義 自由経済vs計画経済
結局ソ連は崩壊したし、中国は政治体制だけ共産主義で経済は資本主義という謎すぎる体制になったし、共産主義は全面的に敗北したと結論づけていいと思う。 (キューバや北朝鮮など、一部共産主義体制が残っている国家も存在するが、まともに運営されているとは言いがたい)
なぜ共産主義は失敗したのだろうか? なにがまずかったのか? 資本主義のような、資本家と労働者の格差を産まない経済運営がなぜ実現できなかったのか?
問題点: 根本的な問題
共産主義が失敗した一番の理由が、「富」が全然足りていなかったからである。 国民全員が豊かに暮らすためには、仮に一人年収一千万円あればOKだとしよう。 日本だと、国民一億人として計算すると、単純計算で、1000兆円必要ということになる。 控えめに国民一人300万円としても、300兆円。 日本は世界第三位の経済大国だけども、名目GDPは475兆円しかない。(2012年) 豊かな日本ですら、GDPを国民全員に平等に分配したとしても、一年に475万円しか渡せない。
共産主義を導入した国はどうだったか? 昔のロシアや中国なんて、今の日本とは比べ物にならないくらい貧しかったはずだ。 そういう国が共産主義を導入してしまった。 仮に経済政策が上手く運営されていたとしても、国民はさほど豊かな生活はできなかったに違いない。 このへんのことは小泉信三の「共産主義批判の常識」の冒頭に詳しかった気がする。
問題点: 情報の観点から
共産主義はプロレタリアート独裁の政治体制となる。 プロレタリアート独裁とかいうとなんかすごそうだが、要は共産党の独裁体制に過ぎない。 この独裁体制は、情報処理の点で問題がある。 まず情報収集であるが、国家規模の組織の情報は、膨大な情報が入ってくることになる。 その情報を処理することになるのが、共産党の独裁者ということになる。 けれども、それだけの情報を一人の人間が処理できるはずがない。 それなのに一人で判断した場合、たいてい思慮の浅い決断になる。 浅はかな決断が、独裁体制を通じて、迅速に実行に移される。 その結果として共産主義国家では、民主主義国家では考えられないような愚策であったり、事実無根の噂のせいで粛清がかけられたりした。
問題点: 権力構造
権力の一極集中は、決断スピードが早くなるというメリットがあるが、リスクが大きすぎるので避けなければならない。 共産主義は共産党の一党独裁体制を保つために国民が弾圧されることになる。 情報操作は平然と行われる。 スターリン・毛沢東・金日成-金正日に見られる個人崇拝が強要される。
北朝鮮では江戸時代の日本の五人組みたいな制度がとられていて、密告が奨励されているらしい。 「革命的精神」に反する行動や言動をとった家族には、警察がやってきて、二度と帰ってこない。 人権はまったく守られないし、「すべての労働者のための国家体制」が単なる独裁者の権力維持のためにマルクス主義を援用するだけに堕すことになる。
問題点: 経済
経済面からも共産主義の問題をつらつら指摘してゆく。
・労働意欲の低下
共産主義は分配が平等になるので、頑張った分が給料に反映されない。 「人間は経済合理性だけで動いてない!」とよく仰る方がいるけれども、僕は、人間の行動は大部分損得勘定で説明できると思っている。 頑張って働いた方が得なら頑張って働くし、「働いたら負け」なら働かない。 共産主義の場合、賃金というのが一律になる。 賃金が一律なのであれば、どう働くのが一番得になるのか? 当然手を抜きまくることだ。 死ぬほど働いて、500万円分の労働して、300万円もらうのと、 手を抜きまくって100万円分くらいの労働しかしてないのに、300万円もらうのと、どっちが得か、という話になる。 別にこれはロシア人が怠け者だとか、中国人がよくサボるとかいうレベルの話じゃない。 勤勉と言われているドイツ人だって、東ドイツの国内では労働意欲の停滞が見られた。 (さすがにドイツ人は仕事前にウォッカ引っ掛けて職場に来たりはしないだろうが…)
・企業の経営努力がなくなる 意欲がさがるのは労働者だけでなく、企業も同じである。 企業間の競争が全くなくなる。 「金儲け=悪」という国で、企業が経営努力をするはずがない。 先進国の企業もアレはアレで問題あるけれども、だからといって国有企業化はさらなる問題を生み出すことになる。 東京電力が福島第一原発事故起こしたのと、チェルノブイリ事故を比較してみても、 日本国内では散々東京電力批判されているけれど、チェルノブイリよりは全然マシである。
・計画経済の失敗 資本主義の国でもよく国家の事業は非効率的で、「政府の失敗」と経済学の教科書には書いてある。 計画経済は常にその政府の失敗にさらされている。
労働意欲の停滞と、計画経済の失敗の二つが共産主義国家の経済停滞の根本的な原因である。 ミクロ面、マクロ面、どっちにも問題が有る。 そんなわけで共産主義国家では以下のような問題が起こる。
・技術革新の停滞 最近の経営学の流行はイノベーション、イノベーション叫ぶことだけれども、 やっぱ実際技術革新は重要で、もし世界中が共産主義一色だったら、携帯電話は生まれてないだろうし、 2013年でも黒電話でやりとりしていた手塚治虫の漫画みたいな光景だったかもしれない。
・労働者の最適配置 政府が労働配置を決めることになる。 個々人の意図や能力があまり反映されない。 資本主義でも完全にはできているとは思えないけれども、少なくとも就職や転職の動きの中で、結果的には労働者の最適配置がある程度は達成されている。 親が農家であっても、どうしても商社マンになって世界を股にかけて仕事したいマンだったら、 大学行ってラグビー部でも入って、留学もして、商社受けて内定とって働いたり、みたいな動きによって、 資本主義の労働者はある程度ベストポディションに落ち着く。 共産主義ではこういうプロセスがない。
・景気変動がないのか? 共産主義のメリットとして、「景気変動がないから、資本主義のような大恐慌に見舞われない」というのを主張していた。 けど実際はそんなことは不可能だった。 政府が公定価格を決めていて、賃金も一律なので、一見景気変動はないように感じるが、これは大きな間違いである。 価格は動かないけれど、商品数量は動く。 これが共産主義国家での実質的な景気変動となる。
農作物が不作になっても、価格は一定だから、自由主義経済のように、値段が釣り上がることはない。 そしたらどうなるか? 売り場からモノがなくなってしまう。 商品が行き届かなくなる。
その後は、実際のところ「闇経済」で買うしかなくなる。 闇市で、クソ高い値段で農作物を買わなければならない。 それが共産主義体制での「景気変動」となる。 日本の太平洋戦争時もそうだったけども、価格統制を国家が行うと、必ずこの闇市がどこかで形成される。 人間にとって自由な商業活動を規制するのは、これほど難しいことなのだ。
・物価は安定するのか? 闇市と公定価格の「二重価格」で説明したとおり、共産主義の物価は一見安定しているが、 実際のところ闇市では需給に見合った価格で売られているから、物価もけして安定しているわけではない。
更に問題なのは、政府の無責任な政策で、突然インフレの影響を経済に反映させることだ。 モノがなくなってくると、本当は商品価格を上げなければならない。 共産主義国家は、商品価格を上げることもあるし、賃金を下げることもある。 他にも「通貨を変更」したり、「通貨単位を変更」したりすることで、しばしばインフレに対応している。
だから物価は全然安定してない。
まとめ
簡単にまとめると、共産主義は根本的に富が足らないから不可能な体制だった。 そしてもっと具体的に、政治・経済の両面で問題があった。 政治的には共産党の一党独裁体制になるので、激しい権力闘争が発生した後に、国民を弾圧する軍事政権が誕生する。 また独裁者が生まれやすく、一人の権力者に決断が委ねられるので、国家規模の情報を扱えなくなる。 経済的には労働者の意欲低下、企業の経営努力の欠如、計画経済の失敗と、家計・企業・政府全てが非効率化する。 その結果として技術革新が停滞することになり、労働者の最適配置も行われない。 共産主義の理想としていた、景気変動と物価変動からの自由というやつも、 実際は闇市が誕生したり、政府の通貨政策で突然物価が変動したり、全然達成されない。
「資本主義か共産主義か」という経済システム上の問題の核心は、次のようにすっきり書ける。 「生産」→富→「分配」 富は生産活動の結果生まれ、それが所得として分配されることになる。 悩ましいのは、「生産」を考えれば明らかに資本主義が優位だが「分配」に問題があり、 「分配」を考えれば共産主義が優位だが「生産」に問題があるということだ。 (社会主義はこの中間)
昔こんな文章を書いたけれども、共産主義の現実は、「分配の理想」も叶えていない。
ベーシックインカムというアイディアも、要は洗練された共産主義思想の復活だと僕は考えていて、絶対実現すべきではないと考えている。
(了)