何のために金を稼ぐのか

二年前くらい、何のために金を稼いでいるのかよくわからなくなった時期があった。 僕は入社した会社に、どちからといえば暗い未来を描いていた。 毎日残業で終電まで残り、残業代は一部しか出ず、仕事も全然わからず無能扱いされ、どんどん疲弊していく。そんな未来。 入社して二年ぐらい必死で働いて、不満はあったが、そんなにひどい会社ではないということがわかった。

学生時代、値段がネックになってできなかったようなことはあらかたやった。 好きなだけ酒を飲むとか、美味いもの食べるとか、旅行とか。 気づくと平日は仕事に追われて、月から金がいつの間にか終わっていた。 そのペースはどんどん加速していった。 土日の休みは、結局休むだけで終わってしまい、一ヶ月はあっという間に終わり、それが十二回繰り返されると一年が終わる。 もちろん嬉しいことがあったり、悲しいことがあったりはする。 けれどそれも早回しでテレビ番組を見ているような、きちんと消化できていない感覚があった。

とりあえず金を稼ぐ手段は確立したな、と思った。 十年先もこの仕事をやっているか、あるいはできているかはわからないけれど、なんとかやっていけるんだと思った。 仕事というのは社会人以降の人生の、もしかしたら一番重要かもしれない要素なので、それがとにもかくにも安定したことはよかった。

そうなったとき、ふと「俺って何のために金稼いでるんだっけ?」と思うに至った。 (バブル期の社会人っぽい悩みだな、とは自分でも思う。  ただその辺の悩みは、失われた20年が来てうやむやになったが、解決してないんじゃないかという気がする)

どうして就職したのか

熱心な当ブログの読者なら知っていると思うけども、就職活動はそれなりに苦労をしている。 そこまでして就職したかったかと言われると、そんなに強い気持ちはなかった。 ただ実家を出たいという気持ちはあった。 実家の環境はけして悪くなかったが、二十歳超えた男が、毎日親と顔を合わせて飯を食うのはそれなりのストレスだった。 理想を言えば、親と顔を合わせないニートみたいな生活であれば、したかった気がする。 けれど僕は貴族ではなかったので、そんな生活はできなかった。 労働者階級の子供は、大人になったら働かなければならない。 悲しい現実だった。

金銭欲の原点

もともと子供の頃から物欲は薄い方だった。 人よりいい服が着たいとか、いいモノが欲しいとか、そういう気持ちがなかった。 金が欲しいと思うようになったのは、高校生になったとき、親に私立高校の学費のことで文句を言われ始めたときだったと思う。 高校生の頃に自分が書いた文章を見ると、いの一番に「金が欲しい」と書いてあった。 都内の大学に通うようになって、それは更に強まった。 親から仕送りをもらって、大学の近くに一人暮らししている同級生がうらやましくて仕方なかった。

あとは金をもって、好きなマンガとかCDとかを、発売日に定価で買えるようになりたかった。 コンビニで立ち読みしたり、TSUTAYAでレンタル落ちになるのを待ちたくなかった。

学生と社会人の使える金額の差

社会人になったとき、最初はすごく割のいいバイトをはじめた感覚がした。 大学時代、月20万稼ぐために、どれだけ働かなければならなかったか。 もちろん働き始めてすぐというのは、何かと出費が多かったので、自由に使えるお金は大してなかった。 二年目が特に残業が多く、土日は死んだように寝てたので、ひたすら金が貯まって、そこから楽になっていった気がする。 金銭感覚を少しずつ緩めていって、たとえば5000円くらいの居酒屋ならまあ普通かと思うようになった。 海外旅行も、休みさえとれれば、いいレベルのホテルに泊まれた。

都内サラリーマンの限界

「ちょっと欲しい」くらいのモノは買えるようになった。 カバンとかスマホとか旅行とか。 だいたい10万単位の買い物は、そんなに無理をせずにいける。 100万円単位だと躊躇うが、継続的に収入があれば、一年スパンくらいで払える。 たとえば車買うとか、ピースボートで世界一周とか。 1000万円単位になると、途端にキツくなる。 100万円というのは絶妙な金額で、一年ぐらい本気でバイトして貯められる額だ。 もちろんかなり禁欲的な生活になるだろうから、それができる人はかなりストイックだと思う。 1000万円を用意するのは相当厳しい。

カイジでも利根川が一千万について言ってましたね。

❌ Unsupported block (quote)

ツッコミどころはあるけれど、1000万の預金貯めるのがキツイっていうのは正しい。

普通のサラリーマンが、1000万単位の買い物をするときは、たぶん一度しかない。 家の購入である。

家は最高の贅沢らしい

東京というか、都会で働く人間の不幸は、住環境が例外なく悪いということに尽きると思う。 最近はマンション購入でも、家族で住めるサイズだと、4000万以上がザラだったりする。 郊外まで行くと結構いい家を建てられる印象。 ただ東京の会社で働く限り、朝晩の通勤電車で消耗することは避けられない。

芸能人が何億かかけて豪邸建てるけれども、結局金を稼ぐ最終到達点が、豪邸を建てるというところで終わるらしい。 ビル・ゲイツ並の大富豪になると、別荘を建てて、二軒目・三軒目ということになるのかもしれないが、 そういうことができるレベルの大富豪というのは、日本にはそうそういない。

「金を稼いでいい暮らしをする」ということの到達点が、「いい家に住む」というところなんだろう、と最近思った。

住宅ローン

僕の大学時代の友達は、結婚して即5000万くらいの住宅ローン組んでマンション買っていた。 金利は低いし、住宅ローン減税とかもあるので、イケるっちゃイケる。 理性では回せるとわかっているのだけれども、どうしても何千万という借金を負うことに対しての恐怖がある。 周りの先輩が住宅ローンの返済で切り詰めているのを見ると、やはりローンを組むと身軽ではいられないのではないか。

サラリーマンの生涯賃金は二億と言われているので、ちゃんと働き続ける限り、理論上返済はできる。 (ていうかだから銀行も融資してる訳で) 問題はその生涯賃金は、あくまで各年齢を積分した数字であって、 ある年齢で自由になる金が1000万超えることってほとんどない気がする。

今の住環境は最悪だなと思ってるんだけども、 だからといって何千万も貯金してマンションを一括購入なんてする頃には自分もいい年になっていて、 そこまで待つぐらいなら今すぐ住宅ローン組んで返済していった方が、今いい家に住める分マシじゃないかと思うけど、 かといってローン組む勇気もないので、今の住環境は最悪だなと思ってるところ。

人のために使う

家の話はあくまで自分のために使う金の、最高金額が家、という話なんだけども、 家を買ったり、建てたりするそもそものモチベーションってやっぱ子供の存在だろうと思う。 「あなたは何のために金稼いでるんですか?」と聞かれたとき、「家族を養うため」と答えるサラリーマンがほとんどな気がする。

僕は家族を養っていないので、去年寄付をしてみた。 昔読んだなんかの成功本で、年収の10%を寄付しろ、という話があって、 それは良い習慣だなと思ってずっとやろうと思っていた。 たださすがに10%というのはキツかったので、もっと額としては少なめにした。

ずっと児童養護施設とかに寄付しようかと思っていたが、あんまり信頼できる団体がなさそうだったので、 大学時代ちょっと関わったことがあった団体がやってる、貧困家庭の支援活動に金を出すことにした。 今のところ二通ぐらいお礼状が来た。 普段生きていて、世の中が悪い方向にしか向かっていない気持ちがしてしまうので、 世の中をいい方向に持っていっている気分になれるのはいいな、と思った。 働くモチベーションの一つにはなった。 (それだけでバリバリ働けるほどではないが)

まとめ

つらつら書いてきたけれど、「これが俺の金を稼ぐ理由だ!」と一言で言えるようなものはなく、 自分のやりたいことをやるために働いて、お金を稼いでいる、というのが理由なのかね。 やりたいことが何なのかって突き詰めてくとこれもまた辛いんだけども、 低俗なところでは好きなもの食べるとか、行きたい場所に行くとか、住みたい家に住むとかそういうことなんだろう。 もっと高尚なところでは、自己実現だの社会貢献みたいな欲があるので、寄付とかを通じてそれを満たす。

(了)